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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)1076号 判決

原告 コスモポリタン株式会社承継人 破産者コスモポリタン株式会社破産管財人 仁藤一

原告 コスモポリタン株式会社承継人 破産者コスモポリタン株式会社破産管財人 田原睦夫

右二名常置代理人弁護士 西尾剛

同訴訟代理人弁護士 印藤弘二

被告 株式会社住友銀行

右代表者代表取締役 花岡信平

被告 株式会社協和銀行

右代表者代表取締役 横手幸助

被告 日本生命保険相互会社

右代表者代表取締役 川瀬源太郎

被告 東京ベンチャーキャピタル株式会社

右代表者代表取締役 林田拓造

被告 株式会社北海道拓殖銀行

右代表者支配人 山内哲夫

被告 株式会社太陽神戸銀行

右代表者代表取締役 松下康雄

被告 株式会社三井銀行

右代表者代表取締役 神谷健一

被告 株式会社三和銀行

右代表者代表取締役 川勝堅二

被告 田熊プラント株式会社

右代表者代表取締役 大政健治

被告 株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役 羽倉信也

被告 住友信託銀行株式会社

右代表者代表取締役 櫻井修

被告 株式会社日本長期信用銀行

右代表者代表取締役 榊原実

被告 株式会社滋賀銀行

右代表者代表取締役 井倉和也

被告 株式会社三菱銀行

右代表者代表取締役 伊夫伎一雄

被告 株式会社東海銀行

右代表者代表取締役 伊藤喜一郎

右一五名訴訟代理人弁護士 米田実

同 河合伸一

同 辻武司

同 四宮章夫

同 田中等

同 福森亮二

同 濱岡峰也

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告株式会社住友銀行は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 被告株式会社協和銀行は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3. 被告日本生命保険相互会社は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4. 被告東京ベンチヤーキヤピタル株式会社は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5. 被告株式会社北海道拓殖銀行は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

6. 被告株式会社太陽神戸銀行は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

7. 被告株式会社三井銀行は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

8. 被告株式会社三和銀行は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

9. 被告田熊プラント株式会社は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

10. 被告株式会社第一勧業銀行は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

11. 被告住友信託銀行株式会社は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

12. 被告株式会社日本長期信用銀行は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

13. 被告株式会社滋賀銀行は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

14. 被告株式会社三菱銀行は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

15. 被告株式会社東海銀行は株式会社タクマに対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

16. 訴訟費用は被告らの負担とする。

17. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 訴外株式会社タクマ(以下単に「タクマ」という。)は昭和一三年に設立された、各種ボイラ・機械設備の設計、施工および監理等を目的とする株式会社であり、昭和六二年一〇月現在(後記本件新株発行の直前)資本の額は三二億二三〇〇万円、発行する株式の総数二億五七八四万株、発行済株式総数は六四四六万株(一株の額面金額五〇円)であった。その株式は東京及び大阪各証券取引所の第一部上場銘柄である。

破産者コスモポリタン株式会社(以下「破産会社」という。)は後記タクマに対する差額金請求訴訟提起請求日の六か月前より引続きタクマの株主であり、その持株数は本件新株発行直前において二〇八六万四〇〇〇株(タクマの発行済株式総数の三二・三六%)であった。なお、破産会社は、昭和六三年一一月二日午前一〇時、大阪地方裁判所において破産宣告を受け、原告らが破産管財人に選任された。

2. タクマは昭和六二年一一月九日開催の取締役会において次のとおり第三者割当による新株(以下「本件新株」という。)発行の決議(以下「本件取締役会決議」という。)をした。

(一)  発行新株式数 額面株式一六〇〇万株

(二)  割当方法 発行する株式を被告ら一五社に左記のとおり割当てる。

① 被告株式会社住友銀行 一五〇万株

② 被告株式会社協和銀行 一五〇万株

③ 被告日本生命保険相互会社 一五〇万株

④ 被告東京ベンチヤーキヤピタル株式会社 一四〇万株

⑤ 被告株式会社北海道拓殖銀行 一二〇万株

⑥ 被告株式会社太陽神戸銀行 一二〇万株

⑦ 被告株式会社三井銀行 一二〇万株

⑧ 被告株式会社三和銀行 一二〇万株

⑨ 被告田熊プラント株式会社 一〇〇万株

⑩ 被告株式会社第一勧業銀行 八〇万株

⑪ 被告住友信託銀行株式会社 八〇万株

⑫ 被告株式会社日本長期信用銀行 八〇万株

⑬ 被告株式会社滋賀銀行 七〇万株

⑭ 被告株式会社三菱銀行 七〇万株

⑮ 被告株式会社東海銀行 五〇万株

(三)  新株の発行価額 一株につき六八〇円

(四)  新株の払込期日 昭和六二年一一月二五日

被告らは、同年一一月二五日割当を受けた株式について発行価額全額の払込をし、翌二六日本件新株が発行された。

3. 著しく不公正な価額による新株発行

しかし本件新株の公正な発行価額はいかに低く考えても一株一三六八円であり、本件新株の発行価額一株六八〇円は著しく不公正な価額である。

(一)  著しく不公正な価額

(1) 第三者割当増資においてその発行価額を定めるに当たっては、本来は、新株主に旧株主と同等の資本的寄与を求めるべきであり、この見地からする発行価額は旧株の時価(理論的には新株発行が効力を生じた日の翌日、つまり払込期日の翌日の市場価額)と等しくなければならないのであって、それにより旧株主の利益が害されずにすむのである。

しかし払込期日の翌日の時価を完全に予測することは不可能であるうえ、新株発行によって市場に流通する株式数が増加するから、一般に時価は下落することが予想され、新株を完全に消化し資本調達の目的を達成するために、発行価額を右価額から若干引き下げる必要がある。

そこで商法二八〇条ノ一一にいう公正な発行価額とは、発行済株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、旧株主の財産的利益の保護と会社が有利な資本調達を実現するという利益の保護とを調整するという観点から定められるべきものである。つまり公正な発行価額とは、新株の発行により企図されている資金調達の目的が達せられる限度で旧株主にとって最も有利な価額と定義されるべきである。

(2) いわゆる上場会社においては、原則として新株発行に関する取締役会決議直前の株式の市場価額が発行価額算定の基準となる。何故ならば、株式について組織的な公開市場で時価が形成されている場合、株主は時価で株式を処分でき、投資家は時価を支払わなければ株式を取得できず、会社は時価で新株を発行できるからであり、市場価額が立法趣旨に沿った最も合理的な基準だからである。上場会社においては、株主はいつでも市場を通じてその株式を取得でき、また売却できるという意味において、その株式の市場価額それ自体が法的保護に値する。

株式が投機の対象になって、その株式の市場価額が高騰し、企業の客観的価値や株式の持分価額からいかに乖離していようとも、その高騰した市場価額それ自体が法的保護に値するのであり、高騰した市場価額を基準にして新株発行価額は決定されるべきである。公正な発行価額とは、企業の客観的価値や株式のいわゆる持分価額と同義ではない。

(3) 本件取締役会決議の日の直前取引日の昭和六二年一一月七日の東京証券取引所におけるタクマ株式の終値は一株一五二〇円であった。なお、同取引所における右昭和六二年一一月七日までのタクマ株式の市場価額及び出来高の推移は別表1のとおりである。

実務上公正な発行価額としては、通常取締役会決議の日の前日の終値より一〇%ないし一五%のディスカウントが基準とされてきたが、証券業界の自主ルールとして、旧株主保護の見地から、このディスカウント率を五%以下に押さえることが目標にされており、その後四%のディスカウント率であれば公正な発行価額とされている。

しかるに、本件新株の発行価額は、本件取締役会決議の日の直前取引日の終値の実に五五・三%というディスカウント率なのである。

(4) もっとも市場価額それ自体が法的保護に値するといっても、およそ例外を一切許さない絶対的なものではなく、特段の事情が存在するときは市場価額によらないことも許されると解される。その特段の事情としては、第一に、一時的に株価が高騰し、それに合理性がないことが明らかな例外的場合、つまり株式が市場において極めて異常な程度にまで投機の対象とされ、その市場価額が企業の客観的価値よりはるかに高騰し、それが株式市場における一時的現象に止まるような場合である。すなわち市場価額の保護といっても、それはある程度の期間継続した市場価額を意味するのであって、たとえば過度の仕手戦等によって市場価額が日々異常な騰落を繰り返している場合などでは、その日々の騰落を繰り返している株価によって株主がその保有株式を売却できる期待を持ち得ないから、そのような価額は法的保護に値するものとは言えず、したがって発行価額算定の基準から排除することが許されるといえよう。

なお、証券業界は平成元年八月八日いわゆる第三者割当増資に関する自主ルールを改定したが、右改定ルールも明らかに市場価額を保護する立場に立っている。改定ルールは、新株発行価額の基準として、当該第三者割当増資についての取締役会決議の直前日の終値又は直前日を最終日としたこれより遡る六か月以内の日を初日とする期間の終値平均に〇・九を乗じた価額と規定している。これは、原則として新株発行価額は取締役会決議の直前日の終値に〇・九を乗じた価額とすべきであるが、ただ市場価額が一時的に異常に高騰する場合も想定でき、そのような場合には高騰した市場価額は直ちには法的保護に値するとはいえないので、取締役会決議の直前日より遡る六か月以内の日を初日とする期間の終値平均に〇・九を乗じた価額によることも認めたのである。すなわち改定ルールは、一応六か月間以上継続した市場価額は、企業としての客観的価値を反映しているか否か、いわゆる持分価額の徴表であるか否かを問わず、それ自体法的に保護されるべきものと想定しているのである。

(5) 特段の事情として第二に認められるのは、市場価額によらないことに合理的理由が存する場合である。この合理的理由の存否は、第一に、市場価額高騰の原因(業務提携・資本提携等を見越して、提携後企業の価値が上昇することを見込んで取引されているか、会社支配権を目的とした株式買い占めか、単なる投機的思惑か等)、第二に、新株発行の目的(業務提携・資本提携目的、資金調達目的等)、第三に割当先(業務提携・資本提携先、買い占め先、その他等)等の諸原因を考慮して実質的に判断されるべきである。

本件は、破産会社の買い占めによって市場価額が高騰していた場合に、単なる資金調達目的で、価額高騰の原因に何ら関係のない被告らに割り当てたという事案であり、高騰した市場価額を排除しなければならない合理的理由はなく、これを排除すれば、タクマ及び旧株主に損害を与え、被告らに不当なプレミアムを与えるという極めて不都合な結果を招来するだけである。したがって本件新株発行については右特段の事情は存しない。

(6) 高騰した市場価額を排除し、タクマのいわゆる企業としての客観的価値を基準にしてされた旨被告らが主張する本件新株発行価額の算定には、合理性がない。

もっとも、たとえ高騰した市場価額を基準にして算定していたとしても、本件発行価額でしか引受人がみつからず、消化可能性の点から、結局本件新株発行価額に落ち着くというのであれば、価額それ自体に問題がないといいうるのかもしれない。

しかしながら本件新株発行当時、破産会社はタクマの経営権を掌握しようとしていたものであり、高騰した市場価額によってもタクマの株式を引き受ける意思を有していた。被告らは、当時の破産会社の資金繰り状況から見て、仮に破産会社に対しタクマ取締役会が新株を割り当てたとしても、それを引き受けるだけの資力がなかった旨主張しているが、それは単なる憶測にすぎない。また被告らは、破産会社がタクマの支配権を取得した場合、タクマを食い潰し、逆に旧株主の利益に反するのみならず、タクマの役員、従業員、取引先、下請け会社等広範囲に損害が及ぶと主張しているが、これも被告らの一方的な憶測にすぎない。

ところで第三者割当における新株発行価額は、割当先との交渉によって決まる側面が強い。しかるに本件新株発行においては、割当て予定先の中に引受を拒否したり、引受株式数を減らすよう要求した会社は全くなく、価額決定についての交渉すらなかったわけであるから、発行価額の不合理性はこの点からも基礎づけられる。

(7) 被告らは、その後の市場価額の推移が、タクマが発行価額決定の際に推計した、あるべき妥当な市場価額の延長線上の価額にほぼ一致するとして、本件の発行価額算定方法の合理性が裏付けられていると主張する。しかし公正な発行価額の問題は、取締役会決議の時点においてその価額決定の方法に合理性があったか否かの問題であり、その後市場価額がいかに変動しようとも、遡ってその決定が合理的なものであったことにはならないのである。また、そもそもその後の市場価額の推移は、本件発行価額のような低価額でかつ大量に新株を発行した結果であり、もし原告が主張するような価額で新株を発行し、あるいは発行新株数を抑制していれば、おそらくその後の市場価額はより高い水準で推移していたはずであるから、被告らの主張は全く合理性がない。

(二)  本件新株発行の目的

(1) 資金調達の必要のない、あるいはその必要性が乏しい場合において、かかる不必要な増資につき新株全部を引き受けさせるために、時価から大きく乖離した低額の発行価額を設定して旧株主に大きな損害を与えるとき、これを不公正な発行価額というべきことは明らかである。

(2) 本件新株発行の規模は、増資額五四億四〇〇〇万円、発行価額総額一〇八億八〇〇〇万円という巨額のものであり、従前と比較すれば、資本金額で二・六九倍、資本の部計上額合計で二・五四倍というものであるところ、被告らは本件増資の目的はタクマのいわゆる構造改善計画のための必要資金の調達であると主張する。

(3) しかしながら、タクマにおいては、本件増資の払込期日(昭和六二年一一月二五日)から四か月以上経過した昭和六三年三月末日の時点で、本件増資による調達資金のほぼ全額が何ら使用されることなく現金または預金としてそっくりそのまま残されており、そして、平成元年三月末日の時点でも、本件増資による調達資金のほぼ半額が未だに現金預金の形で残されていた(なお、現金預金の減少分は受取手形や売掛金の増加となっており、固定資産とはなっていない。)。

本件増資後の設備投資は、払込期日から一年四か月以上経過した平成元年三月末日までで合計一億七八五七万余円に過ぎず、設備投資計画としても、同日までの計画として、総予算二六億二五七〇万余円が計上されているに過ぎない。

以上、本件増資の目的とされる総合構造改善計画なるものは、実際には計画と言えるほど煮詰められたものでなかったことは明らかであり、したがって右計画達成を目的としてされたという本件増資も、実際にはその必要性がなかったものである。

(4) 本件新株発行の目的は、破産会社が有していた持株比率の低下にあった。すなわち本件新株発行当時、破産会社は、商法二三七条二項に基づき、大阪地方裁判所に対しタクマの株主総会招集許可を申請し(同庁昭和六二年(ヒ)第二七三号事件)、右申請事件が同裁判所において審理されている最中であった。破産会社が右株主総会招集許可申請事件で招集を求めていた株主総会の議決事項は、タクマの取締役福田順吉及び同牛丸章の解任及び新たな取締役八名、監査役二名の選任であった。これに対抗するため、タクマの取締役らは、右株主総会において、破産会社の持株比率を低下させ、タクマ取締役らの意向に沿う議決権の過半数を確保し同人らが会社支配を維持することを唯一の目的として、被告らに対し時価をはるかに下回る価額で本件新株を発行したのである。

(三)  被告らは本件増資により現実に不当な利益を得ている。

(1) タクマの新株を引き受けても、その利回りは極端に悪い。したがって配当を期待してこれを引受ける者はあり得ない。しかし本件取締役会決議直前のタクマ株式の終値は一五二〇円であったから、本件新株を引受けた被告らは、他に政治的な事情等特段の事情のない限り、利鞘稼ぎを期待して本件新株を引受けたものと推測せざるを得ない。

(2) 被告第一勧業銀行は本件新株八〇万株を引受け、その結果タクマ株式を合計六〇二万九〇〇〇株保有するに至ったが、同被告は独占禁止法の関係で昭和六二年一二月二日までにタクマ株式保有数を発行済株式総数の五%以下にする必要があり、現に二〇〇万六〇〇〇株を売却している。右売却がされた昭和六二年一二月二日までのタクマの株価は、本件増資によって価額が下がったとはいえ、一二三〇円から九五〇円の間であり、本件発行価額の一・八倍から一・四倍であって、同被告は本件新株の割当を受けたことにより右価額間の差額相当分の利得を得ている。しかもタクマにおいても、同被告が昭和六二年一二月二日までに右のとおり株式を売却しなければならないことを知悉していた。また被告日本生命保険においても、本件増資後昭和六三年三月末日までに五万七〇〇〇株を売却して利鞘を取得している。

(3) 被告らは、新株引受後二年間は新株を売却しない旨の約束があったと主張しているが、右のとおりこの主張は事実に反する。またたとえ二年間売却しなかったとしても、二年後に売却すれば莫大な利鞘を稼ぐことができる。仮に売却しなくても、払込額から掛け離れた高価額の株式を保有すること自体、被告らにとって資産の増大につながるものであり、これが旧株主の犠牲の上の不当な利得であることは明白である。

(四)  結論

以上のとおり、特段の事情のない本件新株発行においては、発行価額は、本件取締役会決議の直前の時価を基準とし、それに対するディスカウント率五ないし一〇%の範囲の金額、すなわち一四四四円から一三六八円の範囲によるべきであって、本件新株の発行価額が著しく不公正な価額であることは明らかである。

仮に本件取締役会決議の直前の市場価額によることが相当でなく、いわゆる証券業界の自主ルールに従うとしてその最長期間を考慮しても、本件取締役会決議の直前取引日(昭和六二年一一月七日)の六か月前の同年五月八日から本件取締役会決議の直前取引日までの期間の終値平均が一六三八円であるので、これに〇・九を乗じた額である一四七四円を下限とすべきである。

いずれにせよ本件新株の発行価額六八〇円は、これらを大きく下回るものであって、これが著しく不公正な発行価額であることは明らかである。

4. タクマ代表取締役福田順吉、取締役牛丸章及びその他の取締役らは、自己の保身を目的として、本件取締役会決議をしたうえ本件新株発行を強行したものであって、被告らは右事情を熟知し、かつ本件新株発行の発行価額が著しく不公正な発行価額であることを知悉したうえ、タクマの代表取締役福田順吉と相謀って、右著しく不公正な発行価額で新株を引き受けた者である。したがって、被告らは、商法二八〇条ノ一一第一項に基づき、タクマに対し、一株当たりにつき公正な発行価額である一三六八円と右著しく不公正な発行価額六八〇円との差額六八八円に取得新株数を乗じた次の金員を支払う義務がある。

① 被告住友銀行は一五〇万株を引受けたから一〇億三二〇〇万円

② 被告協和銀行は一五〇万株を引受けたから一〇億三二〇〇万円

③ 被告日本生命保険は一五〇万株を引受けたから一〇億三二〇〇万円

④ 被告東京ベンチヤーキヤピタルは一四〇万株を引受けたから九億六三二〇万円

⑤ 被告北海道拓殖銀行は一二〇万株を引受けたから八億二五六〇万円

⑥ 被告太陽神戸銀行は一二〇万株を引受けたから八億二五六〇万円

⑦ 被告三井銀行は一二〇万株を引受けたから八億二五六〇万円

⑧ 被告三和銀行は一二〇万株を引受けたから八億二五六〇万円

⑨ 被告田熊プラントは一〇〇万株を引受けたから六億八八〇〇万円

⑩ 被告第一勧業銀行は八〇万株を引受けたから五億五〇四〇万円

⑪ 被告住友信託銀行は八〇万株を引受けたから五億五〇四〇万円

⑫ 被告日本長期信用銀行は八〇万株を引受けたから五億五〇四〇万円

⑬ 被告滋賀銀行は七〇万株を引き受けたから四億八一六〇万円

⑭ 被告三菱銀行は七〇万株を引き受けたから四億八一六〇万円

⑮ 被告東海銀行は五〇万株を引き受けたから三億四四〇〇万円

5. 破産会社は、商法二六七条一項・二八〇条ノ一一第二項に基づき、タクマに対し、昭和六二年一二月一一日到達の書面で、被告らに対し右差額金の支払を求める訴えを提起するよう請求したが、タクマは商法二六七条二項所定の期間内にその訴えを提起しなかった。

6. よって、原告は、タクマのために、被告らに対し、商法二六七条・二八〇条ノ一一に基づき、それぞれ前記差額金の内金五〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(被告北海道拓殖銀行については昭和六三年二月二三日、その余の被告については昭和六三年二月二〇日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をタクマに支払うことを求める。

二、請求原因に対する認否及び被告らの主張

1. 請求原因1の事実のうち、タクマが昭和一三年に設立された各種ボイラ・機械設備の設計、施工および監理等を目的とする株式会社であり、昭和六二年一〇月現在、資本の額は三二億二三〇〇万円、発行する株式の総数二億五七八四万株、発行済株式総数は六四四六万株(一株の額面金額五〇円)であったこと、その株式は東京及び大阪各証券取引所の第一部上場銘柄であること、破産会社が本件提訴六か月前からタクマの株主であったことは認めるが、破産会社の持株数は知らない。

2. 請求原因2の事実を認める。

3. 請求原因3の主張は争う。ただし、本件取締役会決議の日の直前取引日の昭和六二年一一月七日の東京証券取引所におけるタクマ株価の終値が一五二〇円であったこと、同日までのタクマ株式の市場価額及び出来高の推移が別表1のとおりであったことは認める。

本件新株発行価額は、以下に詳述するとおり、著しく不公正な発行価額ではない。

(一)  株主以外の者に対して新株発行が行われる場合の発行価額について

(1) 商法二八〇条ノ二第二項及び二八〇条ノ一一制定の趣旨が旧株主の保護にあることは自明のことである。したがって新株発行価額の決定に当っては、旧株主の有する持分価値を金銭的に評価することが必要である(この金銭的評価額を持分価額という。)。旧株主が有する持分価値はその会社事業自体の価値の数量的割合であるから、持分価額はその企業の客観的価値に基づいて算出されるものであり、これに基づいて形成されたものでなければならない。

ところで市場価額は、一般に、当該会社の資産の内容、収益力、事業の将来性等当該企業の価値に関するすべての要素を考慮し、自由な取引の場で形成されるものと期待されることから、原則として、市場価額はその企業の客観的価値を反映して形成されているとみることができる。

(2) しかし市場価額と持分価額とは、観念的にも実際的にも、同一のものではない。

① 市場価額の形成には、企業自体の価値ないしその評価以外の多くの要素、たとえばその時の金融事情、政治情勢、市場全体の需給事情、投資家ないしディーラーの投資手法、投機的思惑、市場心理、真偽とりまぜた情報等の要素が複雑に入り組んで影響している。ことに特定の株式が投機の対象となった場合の市場価額(投機価額ということもできる。)は、企業自体の価値から著しく乖離することになる。

② 市場価額の変動は極めて激しい場合がある。たとえば、いわゆるブラックマンディがその一典型である。本来の企業自体の価値がこのように急激に変動するとは考えられない。

③ 持分価額と市場価額とは、同じく株式の評価額であっても、その評価の視点、評価にあたって考慮する要素、あるいはその評価の機能する場を異にする。

前者は、商法の構築する株式会社制度において株式の持つ本質から出発し、もっぱら企業自体の客観的実質的価値を評価しようとするものであり、また、ある程度の長期保有を前提に株主的経営参加をする者、すなわち企業への投資家の立場から見る評価である。後者は、株式というよりは株券という流通証券の市場における将来価値に着目しての評価であり、株主的経営参加などは全く考えず、もっぱら短期間の売買利益取得を目的とする者、すなわち証券市場への投機家をも含む立場から見る評価である。

したがって商法上の諸制度において機能するのは前者であり、後者の機能するのは、本来、証券取引法の分野である。ただ後者が原則どおりに前者の徴表としての実態を保持している限りで、商法上も前者の代用ないし近似値として機能し得るのである。

(3) したがって著しく不公正な発行価額であったか否かを判断するに際しては、市場価額ではなく、持分価額によるべきであることは明らかであるが、このことは次の諸点からみても動かしがたいものというべきである。

① 商法は、いわゆる上場会社だけでなく、非上場会社にも等しく適用されるが、非上場会社の株式については市場価額は存在せず、持分価額によらざるを得ない。しかるに商法二八〇条ノ一一は上場会社と非上場会社を区分しておらず、その判断基準は持分価額以外にはあり得ない。

② 仮に市場価額を基準として著しく不公正な発行価額かどうかを判断すべきものとすれば、当該発行価額が市場価額に比べて低いか否かは引受人にとって直ちに判明する事柄である。とすれば、二八〇条ノ一一において、「著シク不公正ナル」との限定を付する必要もないし、「取締役ト通ジテ」との要件を付する必要もない。

③ また仮に市場価額を基準とすべきものとするならば、市場価額と持分価額とが乖離した場合には、会社は資金調達のための新株発行をなし得ないことになってしまう。何故ならば、市場価額が高騰し持分価額と乖離している場合、長期投資を目的とし、株式の長期安定保有を考える投資家は、高騰した市場価額では第三者割当増資には応じない。他方、いわゆる上場会社の新株発行については、証券市場参加者の保護制度として、大蔵省指導のもとに産業・金融・証券の三界で作成された増資取扱内規や引受証券会社間の自主ルールによる様々な規制があり、この規制のために株主割当増資やいわゆる公募増資が許されない場合があり、結局、会社はいずれの方法によっても新株発行を行うことができなくなるからである。

(4) したがって新株の公正な発行価額を決定するためには旧株式の持分価額を算出しなければならないが、その算出・評価は容易ではない。

しかしいわゆる上場会社の場合には、市場価額が形成されており、その市場価額は原則として持分価額の徴表とみることができ、それ故に上場会社については、通常の場合は、発行時近くでの市場価額を基礎として発行価額を決めれば足りることになる。

ただし、大量の買い占めその他何らかの理由により、市場価額が異常に高騰し、市場価額と持分価額との乖離が明白となり、かつ、その乖離の程度が無視できないものである場合には、単純に新株発行の取締役会決議直前の市場価額を基準とするのではなく、本来の持分価額を探求し、これを基準として発行価額を決定することができるし、また、そうすべきものである。この場合、持分価額の算出方法としては、

① 新株発行の取締役会決議直前の市場価額を基礎として、異常要素の影響による乖離額を理論的に算出し、これを控除する方法

② 乖離の原因が生じたとみられる以前の市場価額については、なお前記原則が働いているとして、この価額を基礎とし、その後の株式市場の動向等を合理的に勘案して、新株発行の取締役会決議直前のあるべき市場価額を算出する方法

があるが、いずれも正統な算出方法である。そしてこのように算出されたあるべき市場価額を基礎とし、さらに諸種の評価方法でこれを検証ないし修正して公正な価額を設定し、それを基準として発行価額を定めるのが、上場株式の異常な高騰の場合の最も合理的かつ適正な方法である。

(二)  本件新株発行価額の決定

(1) タクマ株式の昭和五九年以降の市場価額及び出来高の推移は別表1のとおりである。これを見ると、昭和五九年は概ね二二〇円台から二五〇円までで推移し、昭和六〇年は二五〇円から三三〇円位までの間であり、昭和六一年三月から一部仕手筋の介入により急騰し、七月には一時七九五円の高値をつけたが、これが鎮静化した後の株価水準は概ね四〇〇円台から五〇〇円台の間であった。ところが昭和六二年二月に出来高が増加し、株価が急騰するようになり、同年三月になると出来高が極端に増加し、株価は異常に高騰した。そして三月には一八五〇円、四月には一九四〇円、五月には二二二〇円の最高値をつけるに至り、その後九月では一五〇〇円から一七〇〇円位の間を推移することになった。

この異常な高値の間に、破産会社はタクマの株式を取得し、昭和六二年三月二〇日に初めて八〇〇万株の名義書換請求をし、その後同月末日までに合計約一二三四万株、さらに買い増して同年八月末日までに合計約一五三〇万株、同年九月末日までに合計約二〇八六万株を取得しその名義書換請求をするに至ったが、これは右異常な高値の期間と符合しているし、当時破産会社のタクマ株式買い占めの情報が広く流布されていた。

他方、タクマの業績は、昭和六〇年三月期、昭和六一年三月期、昭和六二年三月期と低下の傾向にあり、会社自体には株価高騰の原因となる事情はなんら存在していなかった。

また、本件取締役会決議前一か月間のタクマ株式の市場価額の動きは別表2のとおりであるが、昭和六二年一〇月二八日、二九日と二日連続のストップ安となっており、これは、同月二六日に破産会社の関係会社が不渡手形を出して銀行取引停止処分を受け、同月二八日にこの情報が市場に流れたため、大量の売りとなったものである。

以上の事実からすれば、タクマ株式の市場価額の高騰は、もっぱら破産会社の大量の買い占めを原因とするものであったことは極めて明白であるとともに、破産会社の事情だけが反映されて株価が形成され乱高下が繰り返されたことを示している。

(2) タクマにおいて本件新株発行価額を決定した経緯

① タクマにおいては、本件新株の発行価額を算出するに当っては、先ず、本件取締役会決議直近の市場価額は、破産会社の大量買い占めを原因として形成されており、また破産会社の事情により乱高下している価額であって、タクマの企業としての客観的価値を反映したものではないため、これを基準として発行価額を決定することは適正ではないと考え、破産会社の大量買い占めの影響を受けない時期における市場価額がタクマの企業としての客観的価値を反映しているものと判断して、その価額を求めることとした。

② そこで昭和六二年三月二〇日以前六か月間(すなわち、昭和六一年九月二一日から昭和六二年三月二〇日まで)の各取引日の終値の平均値五八四円四八銭が算出された。

昭和六二年三月二〇日を起点としたのは、同年三月一七日発売の週刊読売(三月二九日号)にタクマ株の買い占めに破産会社が関与している旨の記事が掲載されたこと、同年三月二〇日に破産会社から大量の株式の名義書換請求がされたこと、これらを契機として、以後、買い占めで有名な破産会社がタクマ株に介入していることがマスコミ等で取り上げられることになったことによる。右事実から、遅くとも同年三月二一日以降の市場価額は、破産会社の買い占めを原因として形成され、あるいはその影響によるものであることは明らかであり、これを排除すべきであると考えたからである。

③ 次に右五八四円四八銭を基礎として、もし破産会社の買い占めによる影響を受けなかったとすれば、発行価額決定の直前にタクマの市場価額はいかなる水準に達したであろうかを推計することとした。何故ならば、この間の株式市況は上昇傾向を示していたので、破産会社の買い占めによる影響を受けなかったとしても、この市況の伸び率に準じて若干株価が上昇していたものと考えるべきであるから、これを考慮する必要があると考えたからである。

株式市場における株価の動向を示す株価指標としては「日経平均株価」と「東証単純平均株価」とがあるが、市況の伸び率を算出するに当っては、より一般化している日経平均株価の伸び率を用いることとし、前記五八四円四八銭の数値算出の対象とした六か月間(昭和六一年九月二一日から昭和六二年三月二〇日)の日経平均株価の平均値と、新株発行決議の直近一週間(昭和六二年一一月二日から同月七日)の日経平均株価の平均値とを比較したところ、一・二二二七倍の伸び率であったから、前記五八四円四八銭にこれを乗じた七一四円六四銭を、発行価額決定の直前における、あるべき正常な市場価額、すなわち株式市況を考慮したうえでのタクマの企業としての客観的価値を反映した株価と結論した。

④ そして上場会社の新株発行価額は、決定時における市場株価から一〇ないし一五%ディスカウントした価額で決められるものが多く、これが発行価額の公正さの一応の目安とされているとの慣行に従い、右ディスカウント率の範囲内で、控え目に五%とし、六七八円九〇銭を算定し、一株の発行価額を六八〇円と決定したのである(以上の計算の詳細は別紙1のとおり)。

⑤ もっとも右発行価額の決定にあたっては、右方法のみではなく、さらに次のイ、ロ、ハの方法による価額を算出して右発行価額の正当性の有無を検証した。

イ 前記基礎価額五八四円四八銭に市況の伸び率を考慮するに当たり、次の伸び率を基準として推定株価を算出してみた。そしてこの推定株価と発行価額六八〇円とを比較してみたところ、ディスカウント率は三・二から九・五%の範囲内であり、いずれも慣行的に妥当と考えられているディスカウント率の範囲内であった(計算は別紙2のとおり)。

Ⅰ 日経平均株価を基準として、前記六か月の平均値と直近一か月(昭和六二年一〇月八日から同年一一月七日)の平均値との比較による算定―推定株価は七五一円〇五銭

Ⅱ 日経平均株価を基準として、前記六か月の平均値と直近日(昭和六二年一一月七日)の株価との比較による算定―推定株価は七〇六円五二銭

Ⅲ 東証単純平均株価を基準として、前記六か月の平均値と直近一週間(昭和六二年一一月二日から同月七日)の平均値との比較による算定―推定株価は七〇七円七四銭

Ⅳ 東証単純平均株価を基準として、前記六か月の平均値と直近一か月の平均値との比較による算定―推定株価は七四五円六八銭

Ⅴ 東証単純平均株価を基準として、前記六か月の平均値と直近日の株価との比較による算定―推定株価は七〇二円一九銭

ロ 類似会社あるいは類似業種の株価と比較して、昭和六二年一一月七日時点の株価を算出することとし、次の方法によったところ、一七六円ないし二六九円であった(計算は別紙3、4のとおり)。

Ⅰ 小型汎用ボイラーメーカーである三浦工業と長府製作所の二社を類似会社として選択し、発行価額決定直近日のこれらの会社の株価に基づいて、いわゆる類似会社比準方式によって算出した価額―一七六円

Ⅱ ボイラーと環境機器を製造する大規模メーカーである三菱重工業と右三浦工業の二社を類似会社として選択し、発行価額決定直近日のこれらの会社の株価に基づいて、いわゆる類似会社比準方式によって算出した価額―二六九円

Ⅲ 国税庁で定めるいわゆる類似業種比準方式によって算出した価額―二六三円

ハ 昭和六二年一一月七日の平均純資産倍率及び平均株価収益率(いずれも大和証券経済研究所調べ)に基づき、同日現在のタクマの株価を算出してみたところ、二六二円ないし四九四円であった(計算は別紙5のとおり)。

Ⅰ 全業種平均の純資産倍率により算出した価額―四九四円

Ⅱ 機械業種平均の純資産倍率により算出した価額―二六三円

Ⅲ 全業種平均の株価収益率により算出した価額―二五二円

Ⅳ 機械業種平均の株価収益率により算出した価額―二八八円

右の結果、イによる推定株価から一般に公正な発行価額算出の目安とされているディスカウント率を割り引いた価額と比較すると、本件新株発行価額六八〇円はその範囲内の価額であり、またロ及びハによる株価は、いずれも六八〇円を大きく下回るものであった。

そこで、一株につき六八〇円との金額は適正妥当な発行価額であると判断し、これを決定したのである。

(三)  本件新株発行後のタクマ株式の市場価額の推移を見ることにより、タクマの新株発行価額決定にあたって採用した考え方ないし根拠が客観的かつ公正なものであったことが明瞭となる。

(1) 本件新株発行後である昭和六二年一二月から平成元年三月までのタクマ株式の市場価額及び出来高は別表3のとおりである。破産会社はタクマ等の株式を買い占めていたが、資金的に破綻し、昭和六三年八月一一日に代表取締役池田保次が失踪して行方不明となり、同年一一月二日に破産宣告を受けたのであるが、別表3で明らかなように、タクマ株式の市場価額は、池田保次が失踪しその旨の報道がされた昭和六三年八月に大きく変動している。すなわちタクマ株式の市場価額は、タクマの業績低下にもかかわらず、破産会社による大量の買い占めを唯一の原因として異常に高騰していたが、池田保次の失踪をきっかけに大きく下落した。他方、この間の日経平均株価は、別表3のとおりであるが、株式市況は上昇の一途である。

(2) ところで、昭和六三年八月一日から平成元年三月三一日までの期間について一週間ごとに日経平均株価の平均値をとり、(二)において本件新株発行価額決定にあたり基礎とされた期間(昭和六一年九月二一日から昭和六二年三月二〇日)の日経平均株価の平均値と比較した伸び率を計算し、(二)において基礎となった価額五八四円四八銭に右伸び率を乗じて推定株価を算出すると、別表4のとおりとなる(この推定株価の算出方法は、本件新株発行価額の決定にあたって算出された、あるべき正常な市場価額の算出方法と同一である。)。また、この間の現実の市場価額は別表4記載のとおりである。

(3) 右推定株価と現実の市場価額とを対比してみると

① 池田保次の失踪前は、大きく掛け離れて、現実の市場価額が上回っていた。

② しかし右失踪が明らかになった昭和六三年八月中旬以降は、市場価額が大きく下落して、その差は縮まり、次第に減少して行った。

③ そして、破産会社が破産宣告を受けた同年一一月初旬以降は、推定株価と現実の市場価額とはほぼ一致する。平成元年に入ってからは、推定株価が現実の市場価額の高値を上回っているときもある。

(4) 市場価額の下落は、破産会社の大量の買い占めを原因として高騰していたタクマ株式の市場価額が、池田保次の失踪、破産会社の破産宣告により破産会社の買い占めによる影響が希薄化したためであり、そのために、あるべき正常な市場価額、すなわちタクマの公正な客観的価値から形成される株価に近付いたことを示している。

このことは、本件新株発行当時のタクマ株式の市場価額が破産会社の買い占めを唯一の原因として形成されていたことを証明し、さらにタクマが本件新株の発行価額決定にあたり採用した算定方法が客観的かつ公正な方法であったことを実証している。

(四)  商法二八〇条ノ一一は、旧株主の利益を保護する規定ではあるが、株式市場に参加する一般投資家を保護する規定ではない。

(五)  原告は、被告らが本件新株引受により利益を得たと主張する。しかしながら、原告の立論は被告らが払込期日の翌日にでも本件新株を売却できるということを前提とするものであるが、全くの誤りである。被告らは、本件新株の引受にあたり、引受後二年間は新株を売却しない旨約束し、タクマを通じて大蔵大臣にその旨が届けられている。そして(三)記載のとおり、タクマ株式の市場価額は本件新株発行価額決定の際に推計したあるべき正常な市場価額の延長線上に復帰している。すなわち被告らが本件新株取得に投入した資金で他の上場株式を購入していても、近時の株価全体の上昇の結果、ほぼ同程度の利益をあげ得たものと認められるのであって、本件新株引受による特別な利益は存しない。

(六)  原告は、新株発行価額は引受人を得られる限りできるだけ高額にすべきであり、本件新株発行においても、破産会社はたとえ当時の高騰した市場価額であってもこれを引受けていたから、その市場価額があるべき公正な新株発行価額である旨主張する。しかしながら、破産会社は当時いわゆる自転車操業的資金繰りをしていたのであって、市場において株式買い占め行為を繰り返していたものの、買取株式を現実には全く保有していない状態であった。すなわち、本件新株をそのような高騰した価額で引受け、払い込みをする資力など到底なかったのである。

(七)  もし仮に、原告主張のとおり、破産会社が払込資金を調達し、新株を取得したとすれば、どうなっていたであろうか。破産会社が新株を取得することはタクマの経営を支配することを意味する。そしてその結果は、ほぼ確実にタクマの食い潰しとタクマの倒産を招くのである。

タクマは環境設備等の設計・施工・監理を主たる営業とする会社であり、主要な取引先は地方公共団体等の公的機関である。破産会社及びその代表取締役たる池田保次の経歴と悪評は既に広く知れ渡っており、同人らがタクマの経営者となった場合取引関係の多くは断絶する。また心ある役員は解任され、あるいは自ら退任し、従業員も多数がタクマを去るであろう。もとより池田らにタクマのような技術と信用によって立つ会社を経営する能力はないから、タクマの内部は崩壊し、経営はたちまち頓挫してしまう。

のみならず、池田らにはもともとタクマを長期的かつ健全に経営する意図はなく、その余裕もない。破産会社の資金繰りは前記のような状況であり、そのうえさらに巨額の新株払込資金を借り入れたとすれば、池田らがタクマの支配権を奪取して先ずすることは、タクマの資産と信用を冒用してこれらの債務を返済することである。タクマが新株発行によって得た資金も、直ちに右目的のために流用されるであろう。これらの行為は会社役員としての義務に違反するものであり、刑事犯罪を構成する可能性もあるが、その点が抑止力として実効性をもつような池田らではない。こうして残される結末は、資産を食い潰され、多額の負債だけが残されたタクマの倒産である。

かくして、旧株主の利益の保護から出発したはずの原告の立論を実行すれば、少なくとも本件新株発行の場合、旧株主の利益を完全に潰滅する結果となるのである。しかもその結果は、単に旧株主の利益に反するのみならず、タクマの役員や従業員、取引先、下請や関連会社等、広範囲に及び、一つの社会的悪であると言うをはばからないものなのである。

4. 請求原因4の事実は否認し、主張は争う。

5. 請求原因5の事実は知らない。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、事実関係

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる(争いのない事実を含む。)。

1. タクマは昭和一三年に設立された、各種ボイラ・機械設備の設計、施工および監理等を目的とする株式会社であり、昭和六二年一〇月現在(後記本件新株発行の直前)資本の額は三二億二三〇〇万円、発行する株式の総数二億五七八四万株、発行済株式総数は六四四六万株(一株の額面金額五〇円)であった。その株式は東京及び大阪各証券取引所の一部上場銘柄である。

破産会社は請求原因5のタクマに対する差額金請求訴訟提起請求日の六か月前より引続きタクマの株主であり、その持株数は本件新株発行直前において二〇八六万四〇〇〇株(タクマの発行済株式総数の三二・三六%)であった。なお、破産会社は、昭和六三年一一月二日午前一〇時、大阪地方裁判所において破産宣告を受け、原告らが破産管財人に選任された。

2. タクマは昭和六二年一一月九日開催の取締役会において本件取締役会決議をし、被告らは同年一一月二五日割当を受けた本件新株について発行価額全額の払込をし、翌二六日本件新株が発行された。

3. 東京証券取引所におけるタクマ株式の昭和五九年から本件取締役会決議の日の直前取引日である昭和六二年一一月七日までの毎月の市場価額及び出来高の推移は別表1のとおりであり、同日までの一か月間の毎日の市場価額の推移は別表2のとおりである。昭和六一年の株価は二九〇円台から七九〇円台までの間を上下していたが、業績の向上等株価の高騰をもたらすような要因がないにもかかわらず、昭和六二年一月から出来高が増加し株価が急騰するようになり、同年三月になると出来高が極端に増加し株価が高騰し高値一八五〇円、同年四月に高値一九四〇円、同年五月に高値二二二〇円となり、同年九月では一五〇〇円から一七〇〇円の間を上下するようになっていたが、同年一〇月二〇日ころから下落し始め、同月二七日に一三〇〇円、翌二八日に一〇八〇円、翌二九日に八八〇円と一気の下落となった(なお、この両日はいわゆるストップ安であった。)が、翌三〇日から反騰に転じて九八〇円、翌三一日に一〇八〇円、同年一一月二日に一二八〇円、同月六日に一五二〇円となり、本件取締役会決議の直前取引日である同月七日のタクマ株式の終値は一五二〇円であった。

4. ところで、昭和六二年三月ころから一般に株式相場は上昇を続けたが、同年一〇月一九日(月曜日)のニューヨーク株式相場の大暴落(いわゆるブラックマンデー)の影響から翌二〇日には東京の株式相場も大暴落し、その後も下げ続け、日経平均株価は一〇月一四日の二万六六四六円四三銭から一一月七日の二万二六三七円〇一銭までかなり下落(八四・九五%に下落)した。しかしタクマ株価は右市場の動向とは乖離した動きを示し、特に一〇月二八、二九の両日のタクマ株価の「ストップ安」に至る急落は、破産会社の関連会社である新和観光開発株式会社などが不渡手形を出したことが報道され破産会社の信用不安の噂が流れたことによるものであり、右ストップ安の株価は、偶然破産会社の買い占めの影響が希薄化されタクマ株式の公正な客観的価額に近付く株価が現われたものとみられるのであって、右タクマ株価の急騰・急落の主な原因は破産会社の大量買い占めにあった。

破産会社はタクマ株式につき、同年三月二〇日一度に八〇〇万株の名義書換請求をし、同月末日に約一二三四万株、同年八月末日に約一五三〇万株、同年九月末日に約二〇八六万株にそれぞれ買い増してその名義書換手続をした。

5. タクマは本件新株の発行価額を、次のような算定経過を経て、一株六八〇円と決定した。

(一)  先ず、右市場価額の高騰は破産会社の大量買い占めが原因であり、かつ、破産会社のみの一方的事情により株価が乱高下しているものであって、右市場価額はタクマの企業としての客観的価値を反映した正常な株式価額といえないものであると考え、破産会社の大量買い占めの影響を受けない時期における市場価額がタクマの企業としての客観的価値を反映している正常な株式価額であると判断し、破産会社の最初の大量名義書換請求日である昭和六二年三月二〇日以前六か月間の各取引日の終値の平均値を算出したところ、一株五八四円四八銭の価額を得た。

(二)  次に、昭和六二年三月二〇日以降一般の株式市況が上昇傾向にあったので、この点を勘案するため、右五八四円四八銭の価額を基礎として、仮に破産会社の買い占めによる影響を受けなかったとすれば、発行価額決定の直前の市場価額はどのように変動していたかを推計することにし、市況の伸び率として、日経平均株価(株価指標)の伸び率を用いて、右価額算出の対象とした六か月間(昭和六一年九月二一日から昭和六二年三月二〇日)の日経平均株価の平均値と、新株発行決定直前の一週間(昭和六二年一一月二日から七日)の日経平均株価の平均値とを比較し、一・二二二七倍(伸び率)という数値を得たので、前記五八四円四八銭に右一・二二二七を乗じて得た七一四円六四銭をもって、新株発行価額決定の直前におけるあるべき正常な市場価額と結論した。

(三)  そして上場会社の新株発行価額は、発行価額決定時における株価から一〇ないし一五%ディスカウントした金額で決められるものが多く、これが発行価額の公正さの一応の目安とされているとの当時の慣行に従い、右ディスカウント率の範囲内でその率を五%とし、右七一四円六四銭の九五%の六七八円九〇銭を算定し、結局、一株の発行価額を六八〇円と決定した。

(四)  さらに、右発行価額の公正さを担保するため、次のイ、ロ、ハの方法による価額を算出して右発行価額の正当性の有無を検証した。

イ  前記基礎価額五八四円四八銭に市況の伸び率を考慮するに当たり、次の伸び率を基準として推定株価を算出し、発行価額六八〇円と比較してみた。その結果、ディスカウント率は三・二から九・五%の範囲内であり、いずれも当時慣行的に妥当と考えられていたディスカウント率の範囲内であった(計算は別紙2のとおり)。

(1) 日経平均株価を基準として、前記六か月の平均値と直近一か月(昭和六二年一〇月八日から同年一一月七日)の平均値との比較による算定―推定株価は七五一円〇五銭

(2) 日経平均株価を基準として、前記六か月の平均値と直近日(昭和六二年一一月七日)の株価との比較による算定―推定株価は七〇六円五二銭

(3) 東証単純平均株価(株価指標)を基準として、前記六か月の平均値と直近一週間(昭和六二年一一月二日から同月七日)の平均値との比較による算定―推定株価は七〇七円七四銭

(4) 東証単純平均株価を基準として、前記六か月の平均値と直近一か月の平均値との比較による算定―推定株価は七四五円六八銭

(5) 東証単純平均株価を基準として、前記六か月の平均値と直近日の株価との比較による算定―推定株価は七〇二円一九銭

ロ  類似会社あるいは類似業種の株価と比較して、昭和六二年一一月七日時点の株価を算出することとし、次の方法によったところ、一七六円ないし二六九円であり、いずれも発行価額六八〇円を大きく下回った(計算は別紙3、4のとおり)。

(1) 小型汎用ボイラーメーカーである三浦工業と長府製作所の二社を類似会社として選択し、発行価額決定直近日のこれらの会社の株価に基づいて、いわゆる類似会社比準方式によって算出した価額―一七六円

(2) ボイラーと環境機器を製造する大規模メーカーである三菱重工業と右三浦工業の二社を類似会社として選択し、発行価額決定直近日のこれらの会社の株価に基づいて、いわゆる類似会社比準方式によって算出した価額―二六九円

(3) 国税庁で定めるいわゆる類似業種比準方式によって算出した価額―二六三円

ハ  昭和六二年一一月七日の平均純資産倍率及び平均株価収益率(いずれも大和証券経済研究所調べ)に基づき、同日現在のタクマの株価を算出してみたところ二六二円ないし四九四円であり、いずれも発行価額六八〇円を大きく下回った(計算は別紙5のとおり)。

(1) 全業種平均の純資産倍率により算出した価額―四九四円

(2) 機械業種平均の純資産倍率により算出した価額―二六三円

(3) 全業種平均の株価収益率により算出した価額―二五二円

(4) 機械業種平均の株価収益率により算出した価額―二八八円

その結果、一株につき六八〇円との金額は適正妥当な発行価額であると判断し、これを決定した。

(五)  なお、タクマが公募増資による資金調達を行うためには、証券業界の定めた「増資取扱内規」所定の、直前決算期の一株当たり配当金五円以上、増資後も一株当たり配当金五円以上が維持し得ること等の要件を充足する必要があるが、タクマの配当金は昭和六〇年から昭和六二年まで各三月期の配当金はいずれも一株当たり三円しかなく、右所定の要件を充足できないため、結局第三者割当ての方法以外に増資による資金調達をすることは不可能であった。

6. 被告らはいずれもタクマから本件新株の割当を受ける際、タクマとの取引関係あるいは経済情勢等に大きな変動がない限り、割当を受ける本件新株を二年以上の期間保有することを約束し、タクマは、本件新株の発行を証券取引法二四条の五第二項、有価証券の募集又は売出しの届出等に関する省令一九条一項二号に基づき大蔵大臣に報告するに際し、その旨も報告した。

7. 破産会社は、本件取締役会決議が公表された後も、本件新株が発行された後も、タクマ株式の買占めを維持したが、昭和六三年八月一一日破産会社の代表取締役池田保次が失踪して行方不明になり、同月一一日破産会社全店舗が閉鎖された後は、次項に述べるとおり、タクマ株価は急速に下落した。

破産会社はその代表取締役池田保次のいわゆるワンマン会社であり、同人は暴力団との関係を噂される人物であって、破産会社ほか新和観光開発株式会社等多数のグループ関連会社を通じてタクマ株式の買占め資金を借入れ得る限り借入れてタクマ株式を買い集め、買い集めた株式を担保に入れて高利金融業者等から更にタクマ株式の買占め資金を借入れ得る限り借入れてタクマ株式を買い集めることを繰り返して、自転車操業的資金繰りを辛うじて維持しながら、他方、タクマに対しては不当にも自己の買い集めたタクマ株式を高値で買い取るよう要求していたが、採算を度外視した高価額での無謀な右買占めの継続等により、結局、資金的に破綻し、無責任にも、グループ関連会社分を含め約一〇〇〇億円もの膨大な負債(巷間負債総額は約三〇〇〇億円とも報道されている。)を放置したまま失踪して行方不明となり、破産会社ほかグループ関連会社を破産に至らしめた。

同人がそれまで大量買い占めに成功した株式の事後処理の実情、タクマに対する買い占め株式の高値引き取り要求等の違法不当な言動及び右膨大な負債を負担した資金的破綻状態等に照らして考えると、破産会社が株式買い占めの成功によりタクマ取締役の選任解任を左右することができる株式数を保有する株主となった暁には、強引にタクマに対し買い占め株式の高値での買い取りを要求するか、自己又は自己の意のままに操れる取締役をタクマに送り込み等の方法によりタクマから右膨大な負債の返済資金を引き出す等の違法不当な行為に及び、その結果、タクマの経営危機を招来する(そうなれば旧株主は壊滅的な損害を被ることになる。)蓋然性が高い状況下にあった。すなわち破産会社のタクマ株式の買い占めは、本来の意味におけるタクマの経営権の獲得を企図するものとはおよそかけ離れた、タクマ資本・資産の食い潰しにより直ちに自己のタクマ株式買い占め資金(多額の高金利利息を含む。)の回収と多額の利益の獲得を企図する不当なものであった。

8. 本件新株発行後である昭和六二年一二月から平成元年三月までのタクマ株式の市場価額及び出来高並びに日経平均株価(月間推移)の推移は別表3のとおりである。

そして昭和六三年八月一日から平成元年三月三一日までの期間について、一週間ごとに日経平均株価の平均値を算出し、タクマが本件新株発行価額決定にあたり基礎とした六か月間(昭和六一年九月二一日から昭和六二年三月二〇日)の日経平均株価の平均値と比較しての伸び率を計算し、タクマが本件新株発行価額決定にあたり基礎とした価額五八四円四八銭に右伸び率を乗じて推定株価を算出すると、別表4のとおりとなり(この推定株価の算出方法は、タクマが本件新株発行価額の決定に当たり採用した、あるべき正常な市場価額の算出方法と同一である。)、これによると、昭和六三年八月中旬以降タクマ株式の市場価額が大きく下落し漸次推定株価との差が次第に縮まり、破産会社が破産宣告を受けた同年一一月初旬以降は、右推定株価と現実の市場価額とはほぼ一致し、平成元年に入ってからは概ね推定株価の方がやや現実の市場価額を上回っている。

9. タクマ株式の市場価額がこのように下落したのは、破産会社が倒産し大量買い占めが維持できなくなった結果であり、本件新株が証券市場に大量に出回ったことによるものではない。

二、判断

そこで、本件新株発行価額が著しく不公正な発行価額に該当するかどうかについて検討する。

著しく不公正な発行価額は公正な発行価額との比較においての問題であるが、その株式が証券取引所に上場されている会社が株主以外の第三者に対し新株を発行して資本調達を企図する場合に、その発行価額をいかに定めるべきかは、本来は、新株主に旧株主と同等の資本的寄与を求めるものであるから、その発行価額は旧株の時価に等しくなければならないのであって、このようにすれば旧株主の利益を害することはないが、新株を消化し資本調達の目的を達することの見地からは、原則として発行価額を右より多少引き下げる必要があり、この要求を全く無視することもできない。したがってタクマのような上場会社の場合における公正な発行価額は、旧株主の利益と会社が有利な資金調達を実現するという利益との調和の中に求められるべきであって、具体的には、発行価額決定前の当該会社の株式価額、右株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行済株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これらから予測される新株の消化可能性等の諸事情を客観的資料に基づき斟酌した合理的な算出方法に基づき定められるべきものであり、かつ、原則として、発行価額決定直前の株価に近接していることが必要である(昭和五〇年四月八日最高裁判所第三小法廷判決・民集二九巻四号三五〇頁参照)。

しかし、その会社の株式が、一般に許容される限度を超える不当な目的をもった大量買い占めのため、市場において極めて異常な程度にまで投機の対象とされ、その市場価額が企業の客観的価値よりはるかに高騰し、かつ、それが右不当な買い占めの影響を受ける期間の現象に止まるような、極めて例外的な場合においては、その新株発行価額決定直前の市場価額を、新株発行における公正な発行価額算定の基礎から排除することが許されると考えられる。

これを本件についてみると、タクマの株価は昭和六二年三月ころから本件新株発行価額決定直前に至るまで、一般に許容される限度を超える不当な目的をもった破産会社の大量買い占めにより、その市場価額が企業の客観的価値よりはるかに高騰していたが(もっとも、右市場価額は本件新株発行価額決定の一〇日程前、破産会社の影響が希薄化された一時期、急落してストップ安の八八〇円まで下がっており、必ずしも高騰した株価がある程度長期間維持されていたとはいいがたいところもある。)、破産会社が倒産し大量買い占めが中止されその影響がなくなった昭和六三年一一月以降は、タクマが本件新株発行価額決定に際し採用した推定株価と現実の市場価額とがほぼ一致し、平成元年に入ってからはむしろ現実の市場価額の方が右推定株価を下回っている事実に鑑みると、極めて例外的事例に属するものというべきであるけれども、本件事実関係の下では、前記タクマの採用した本件新株発行価額の決定方法を合理的な算定方法でないということができず、したがって本件新株の発行価額六八〇円を著しく不公正な発行価額に該当すると認めることはできないといわざるを得ない。

三、よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官佐野正幸及び裁判官藤田敏は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 庵前重和)

〈以下省略〉

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